大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和42年(行ク)1号 決定

申立人 太田正雄

被申立人 名取市議会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

被申立人が、昭和四一年一二月一五日開会の議会において、申立人を除名した議決の効力は、本案判決確定までこれを停止する。

(申立の理由)

申立人は、被申立人議会の議員でありかつ建設経済常任委員長であつたが、被申立人議会は昭和四一年一二月一五日、開会中の一二定例議会において、申立人を除名する旨の議決をなし、右処分は翌一六日申立人に通知された。除名の理由は、申立人が同年一二月五日付「名取市議会は何処へ行くべきか」と題する印刷物、および同月一三日付「仙塩合併に関する私の所得」と題する印刷物を各発行日頃の日刊新聞に折り込み、名取市民多数に配布したが、右印刷物の内容はいずれも被申立人議会を誹謗しその品位を傷つけるものであり、そのうえ申立人は従来仙塩合併問題については賛成の立場をとつていたのに右印刷物の内容からは現在にいたつて反対の言動をなすことが窺われ、かくては申立人の人格を疑わざるをえないし右の事実は議会の秩序維持を害するものである、というにある。

しかしながら、申立人の配布した印刷物は多数市民の信頼に基いて議員となつた申立人が公僕として事実の真相を伝えるためのものであり、その内容も決して被申立人議会を誹謗しその品位を傷つけるものでもない。また申立人は従来から仙塩八市町村全体の合併には賛成であるが、一部の合併には終始一貫して反対の立場を明らかにしていたもので、その態度を急変したということはない。したがつて右の各事実は除名の理由には該当しない。

さらに、除名の理由とされている事実はすべて議会外の行為であるからこれに懲罰を科することはできないものであり、かつ被申立人議会の会議規則九八条二項には「徴罰動議は懲罰事犯があつた日から起算して三日以内に提出しなければならない」と定められているところ、昭和四一年一二月五日付印刷物の配布については本件除名の動議が提出された同月一五日にはすでに三日を経過した後であることは明らかであり、右会議規則に違反し不適法なものである。

そこで、申立人は昭和四二年一月二一日、当裁判所に対し議員除名処分無効確認の本訴を提起し、当裁判所昭和四二年(行ウ)第四号事件として係属中である。

ところで、被申立人議会の三月定例会の招集告示は昭和四二年三月三日前後になされ、会期は一五日間の予定で開会されることは既定の事実であるが、申立人は右定例会に出席して

(1)  当然予測される議案である仙塩合併問題に関し、申立人の終始し一貫した主張である八市町村合併には賛成であるが五市町村合併には反対する立場に立つて発言し、五市町村のみによる合併が行われないよう申立人を選出した名取市民の信頼に応え市民の経済生活に極めて重大な影響を与えることが明瞭なこの問題について議員として敢然とした態度で活動すべき責務があり、

(2)  申立人は被告申立人議会の建設・経済常任委員長の職責にあつたため、現在までに名取市内愛島地区からの「地盤沈下に対する請願」および閑上地区からの「基盤整備事業に対する請願」を受理しており、これらを担当する委員長として現在まで右案件を継続審査中でありその結果を三月定例会に提案議決されるよう活動しなければならない責任がある。

しかしながら、申立人が除名処分により議員の地位を剥奪された状態にあるかぎり、右のような議員活動を行うことは不可能であり、かくて生ずる損害は後日本訴において申立人勝訴の判決を得てもとうていて回復することは困難であり、本件除名処分の効力を停止することは緊急の必要があるばあいに当るから本案の判決確定まで右処分の効力の停止を求める。

(当裁判所の判断)

本件除名処分無効確認の本訴が当裁判所に提起されたことは当裁判所に顕著な事実であり、本件申立書添付の疎明資料および被申立人の意見書添附の疎明資料によれば、被申立人議会が申立人主張の日にその主張の理由によりその主張のような処分をしたこと、申立人主張の三月定例会が同月一一日から開催されることが各認められる。

ところで、被申立人提出の資料によれば、申立人主張の(1)の点については仙塩合併問題促進の母体である仙塩地区市町村合併協議会は、昭和四二年二月二八日、現段階において合併の目的を達成することは不可能であるとの理由から解散するにいたつたことが認められ、また(2)の点については、申立人の主張する請願について、昭和四一年一二月二四日の被申立人議会定例会においていずれも採択の決定をみていることが認められるので、いずれも申立人が主張するような議員活動をなさなければならない具体的な緊急の必要性は消滅したものといわねばならない。

そこで被申立人議会の除名処分のために申立人が議員活動ができなくなることにより、一般的に回復困難な損害の発生が予測され、これを避ける緊急の必要があるかどうかの点について考える。

除名処分により議員活動が不可能になることから当然には当該議員にとつて回復困難な私的損害の発生のおそれとそれを避ける緊急の必要があるとはいえないから、問題はその公的立場にともなう公的損害の発生とこの回避の必要性についてである。しかし、議員の公的活動の基盤は議会であつて、除名は、この議会が内部的規律権をもつて法に定められた慎重な手続に則りその構成員の資格を剥奪するものであるから、単に除名された議員が議員活動ができないことから必然的に公的損害の発生が予測されかつこれを避けるため議員活動をなさなければならない緊急の必要性があるものと速断することはできないものといわなければならない。ことに本件では、申立人の主張によつても、申立人の除名の議決が出席議員二五名のうち二二名の圧倒的多数の同意によつて成立しているのであるから、他に特段の疎明のない本件では、申立人の除名の効力を停止すべき理由はないものといわねばならない。

よつて申立費用の負担につき民訴法八九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 石井義彦 阿部哲太郎 鈴木一美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例